new|2026/7/4 ひとくちぶんのおはなしを更新しました
2026/6/28 オーオーのおままごと食堂1-5話試し読み掲載しました
ようこそ、いらっしゃいませ。
お好きな席へどうぞ。
こちらはカップ一杯分のおはなしをお出しする喫茶室です。
コーヒーを一杯飲むあいだに読めるおはなしや、長めの物語の試し読みを置いてあります。
いつでもご自由に、おはなしをおともに、ひと息おやすみくださいませ。
ショートストーリーを小皿にご用意しました。
おはなしはときどきいれかわります。
『人魚の記憶』
ゆっくりと時の落ちる春の午后のことです。わたくしと猫背先生は岩陰へ潜み、双眼鏡で浜辺の人魚を観察していました。
人魚は包丁でみずからの胸を裂き、記憶のかたまりを切り抜きました。
人魚は包丁で砂浜を掘り、記憶のかたまりを埋めました。
人魚が海へ帰ったあと、わたくしたちは砂浜を掘りました。
記憶のかたまりは人魚の血液でぬれています。
「これは妬みや憎しみの類の記憶でしょうか、先生」
「さあ、どうかな。きみも持ってごらん」
猫背先生はわたくしに記憶のかたまりを渡してくれました。
両手で受け取ったそれは、まだあたたかく、ひと拍ひと拍脈打っています。
人魚の血液はこまかく砕いたガラスのようにかがやいています。
月光にきらめく波のようです。
「さて。ではこれを教室へ持って帰ろう。どういう類の記憶なのか、調べてみようではありませんか」
猫背先生は丁寧に記憶のかたまりをガーゼへくるみ、遮光容器に保管しました。学校まで、わたくしはその容器を持たせてもらいました。容器はだんだんと重くなっていきました。
それはまだ知りえない人魚の記憶がどんなだかを想像する、わたくしの思考が容器へまとわりついてからまっている証拠でした。
「あまり想像してはいけないよ。密閉容器とはいえ、開封するときにきみの想像が記憶のかたまりへ添加されてしまう可能性はあるのだからね」
猫背先生は振り返らないまま、わたくしに注意を促しました。
先生は背中を向けていても、わたくしのことなどお見通しなのです。
「ああ、でも先生、人魚はどうして胸を裂いて記憶を陸へ埋めたのでしょう」
胸を裂いて取り出した、そこへ生じた空洞に、人魚は新しいなにかを詰めるのでしょうか。
それとも空洞のまま風を吹かせておくのでしょうか。
波間に顔を出して陸を振り返る人魚を思い描いたとき、わたくしの胸に海がこみあげるのでした。
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初出:2015年9月『長月日記』の中に『9月5日』分として掲載
2016年5月1日発行 文学フリマ岩手配布フリーペーパーへ掲載
2023年2月発行『小編集 すべて星のかけら』に加筆修正して収録
2026/7/4(次回7月11日更新予定)
喫茶室の本棚から抜き取った本をテーブルに置きました。
どんな本か、なかみをちらっとご覧いただけます。
冒頭だったり、途中の章だったり、ほんの一節かもしれません。
つづきが気になるときは、それぞれのリンク先から本をお持ち帰りいただけます。
1話目『オーオーのおままごと食堂』
いつものようにオーオーが土をまるめて団子をこさえていたところ、旅人がベンチに腰かけました。三角の形をした砂場はオーオーの台所で、ベンチはお客さんの席です。じつにくつろげるベンチです。桜の枝が屋根となり、甘く香る白詰草の絨毯に影をゆらめかせ、腰かけたひとの気持ちをなごませます。オーオーは肉団子とスープを土と水で完成させると、お盆にのせて旅人のところへ運びました。
初め、旅人はびっくりしました。まさか子どもがいるとは思わなかったのです。草木のあいだに現れた廃墟でしたから。ただ、旅人はやさしいひとでした。幼いオーオーとお盆の上の泥遊びをちょっと見ただけで、礼儀正しいお客さんを演じるべきだと考えました。くたびれた帽子をベンチに置いて会釈し、オーオーからお盆を受け取りました。手ぶらになったオーオーはつぎの料理の材料集めにとりかかりました。
チョウチョやハチが飛び回り、ときどき気持ちのいい風が吹きます。旅人は、オーオーが草花を集める姿をまぶしげに眺めました。長い道のりがあったのでしょう。旅人の体はこわばり、つっぱっていました。オーオーの姿を目で追い、みずみずしい花の香りを吸ううちに、肩や背中がゆるみ、やがてまぶたが落ちてゆきました。
太陽が西に傾き、景色がオレンジに染まりはじめた頃、旅人は肌寒さにくしゃみをして目が覚めました。皿とカップを空っぽにして、三角の砂場にいたオーオーへ返しました。オーオーはお盆を両手で受けとってお辞儀しました。旅人は服や鞄が汚れるのもかまわず、砂場に膝をつきました。
「ごちそうさま。僕もね、ちいさい頃、きみみたいに遊んだよ。妹がいるんだ」
旅人は首にさげた革袋からなにかを手のひらに出しました。真っ赤な宝石です。まるで熟れた苺のゼリーでした。
「これはね、見ての通り、ただの石だよ。でもね、僕のお父さんのお父さん、そのまたお父さん……ずっとずっと昔から、代々引き継がれてきた石なんだ。家を継ぐ子どもが持たされて、その子どもに渡していく。じつはね、病気の父さんの枕の下から盗んできた。これのせいで妹とケンカする羽目になってね。確かにきれいだよ、でも、食べられもしない、ただの冷たいかたまりだよ。ああ、きみならこれをどんな料理に見立ててくれるだろうか。いや、僕はこれを持っていつか家に帰らなきゃならない。でもね、僕は……」
「オーオー、夕ごはんだよ」
カクレンボさんがエプロンで手を拭きながら家から出てきて、オーオーを呼びました。
オーオーはベンチにちょこんと座って、お盆を膝にのせ、足をぶらぶらさせていました。目の前にカクレンボさんがしゃがむと、オーオーはお盆を差し出しました。白鳥をかたどった小皿に、真っ赤な宝石がひとつ。旅人は黙っていましたが、その宝石にはオーオーたちの国の住人がみんなまとめてしばらく暮らせるくらいの値段がつきます。
「おいしそうだね。ゼリーかな? さくらんぼ、ううん、苺かな」
カクレンボさんは小皿の〈ゼリー〉を「あむあむ」と言って口もとに運んだあと、手に包んでベンチの下にサッと捨てました。
お料理道具を三角の砂場に戻したオーオーは、カクレンボさんのあとをついて、玄関の外階段を一段ずつ登ります。
「びっくりだよオーオー、夕飯はキノコのスープでね、デザートは木苺だよ。今日にぴったりだね」
スープの香りがもれるドアがパタリと閉まると、一部始終を覗き見していた太陽は頭をひっこめ、ベンチの下に落ちた宝石のかがやきはすっかり消えたのでした。
『オーオーのおままごと食堂』
[もくじ]
オーオーのおままごと食堂/メレンゲ帽/ヘビのソフトクリーム/ひよこ豆/スズメのラジオ番組/ 空のレストラン/石とエスカルゴ/とんがり頭巾のカクレンボさん/アリになった日/嵐/ちいさなテント/コロッケごはん/マツボックリとキャンドル/渡り鳥/ボタンのケーキ/苺とドングリ/おるすばん
2026年2月28日発行
◾️著・カバー版画制作:かくら こう
◾️文庫本サイズ・全96ページ
まだ本の形にしていないおはなしや、
完売した手製本のおはなしなどを、星空文庫に保管しています。
お好きなときにお読みくださいませ。
